ウラメにでた日々

4月から短大生

日々のどうしようもないセイショウドウをつらつらと精神安定の為に小説も書いとるわ

ロンブーの淳は面白くないけどモテる

今の何かを捨てなけれけば、それは手に入らない。


5年前から定着したアラサーによるアラサーの為の、いやアラサーになる為の断捨離は兎に角辛く険しい茨の道。

物も人間関係も捨てなけれけば新しく自分が望むものは手に入らない


もし現状を固持しつつそれ以上を欲するなば必ず今の持ちものが幾つか押し出される。或いは両手が塞がっていて欲しいものを見逃す。


だから捨て続けている者は最強


唐突だが僕はバナナマンの日村は天才だと思っている。志村けんを継げるのは日村しかいないと思う。

テレビを結構見ている方だけど、ここ数年1番面白いお笑い番組はゴッドたんだと思う。
ガキ使は廃れ視聴率落ちてると若い子が言っていた、ダウンタウン天下も終わったと

確かに山崎が落語家になってから質は落ちた気がする、でも山崎が1番面白いみたいな空気を出している。


いやある意味山崎や出川や竜ちゃんは天才だ。狩野えいこうも。
天才は空気を読まないし、読めない
誰にも合わさないし、合わせられない
だから誰も合わせられなく、真似できない唯一無二の存在だ。

そしてその天才の更に上を行くのが天才バカだ。松本人志志村けん明石家さんまのように凡人の視点を持っていながらアホに努める。

これは本当努力の天才だ。

こういう人達はものすごいバランス感覚を持っている。
ブレても自分の立ち位置を直ぐに戻せる。
地球の地軸のズレを常に感じながら生きれるようなもんだから、どんな土地に行ってもその人にとって辺境はなく、周りを取り込み自分の土地に変えてしまう。
何故なら地球を中心とし生きてるのではなく自分を中心に世界が回っていると思っているから、そして回せてしまうエネルギーを持っているからだ。


そういう人は自分を常に捨てている。
ごっつえぇ感じをやっていた頃の松っちゃんは天才というより神がかっていた。
ほとんどのキャラが面白い。

それはそこまでやるかってほど自分を捨てていたから。お笑いのために身を捨てる、汚れるのが面白いのではない。
築き上げてきたものを捨てた方が面白いからやってみる心意気や選択した度胸に驚愕し恐怖と平常のスパイラル効果で笑いは絶頂に至る。


若手のバカが自前の服や家を自腹でぐちゃぐちゃにしたり、真っ裸になって笑いを取るため踊り狂うのは自分を捨ててるを勘違いしている。

日村を見ればわかる。
然るべき所で脱ぎ、然るべき所でアホになる。
だから面白い天才バカ



山崎や出川は笑いのタイミング知らない。取り敢えずやってみる、外す、それで笑いが取れる場合もあるが、外しても予期せぬミラクルが起こる時がある。
それが天才たる所以である。

でも俺は天才か天才バカなんて事が言いたいのではなくて、どちらも裸にならないと、何か捨てないと本当に欲しいものは得られないと言う事だ。


得られる確証なんていつもない。

でも脱がない奴には参加券も渡されない。


所がどっこい、世間や社会は巧妙に出来ていて面白く無くても地位や名誉を得ることができる。


俺はロンブー淳は全く面白くないのに何故あんなに慕われて、結婚するとかで大報道されたのか疑問でならなかった。
モテるとか言われても納得いかなかった。

でも今司会で出てる芸人はほとんど面白くない。

今田、宮迫、淳…(クリーム、有吉は除く)

それなのにかなりよいしょされている。


司会と芸人の違いを考えた。

笑いを取るためには身を削り裸にならなければならない。
司会者は進行、ゲストを引き立て番組のバランスを整える事が求められる。
自ら裸になって許されるのは太田だけだ。


だとすると司会者に面白さは必要ない。
司会者とは何も持とうとせず笑いを人から人へ渡す役割なんだ。
だから裸にならなくてもいい。

宮迫や淳が面白くないのは最もだし、笑いの連結器であるから芸人に慕われて当然だ。
彼等は自分は面白くない、裸にならないと決めいち早くそれに気付けたんだと思う。


でも一般人が慕うのはおかしいと思う。
それはメディアに躍らされているから本質の見えてないバカだと思う。

日村が1番尊敬に値するのに


つまるところ…

これはナンパでも言える。
例えば、ナンパしたい奴の気持ちは

どうしても埋められない淋しさを人に埋めてもらうため理解を欲している。
それを最も判りやすい接触=SEXで感じ自分の存在意義を確認したいからだ。

それを満たすのに愛や快楽や恋、トキメキやロマンは関係ない。

両手いっぱいに不安や淋しさを持ち欺瞞に満ち溢れているのがナンパの心境だ。
もう自分では持てないから持ってくれる人を探しているのだ。

そして運良くSEX出来た場合、所謂即系から与えられるものは自分が持って欲しかった不安や淋しさである。

本当にSEXをして良かったのだろうか、これから付き合えるだろうか、どうしたら自己開示できるだろうか、どうしたら別れられるだろうか。

それは無理だ。


何故ならそんな簡単に出来てしまう相手は自分よりも大きな欺瞞に充ち満ちている


しかし、奇跡的な場合もある。
それは何も持たざる者との出会い

何も持っていなく、何も持とうとしないものに出会えたら今まで汚れる事を恐れ出来なかった自分の持ちものをストンと床に置くことが意図もたやすくできる。

渡すのではない、置く、即ち捨てる事ができる。

あー疲れた持たなくて良いんだって気付かせてくれる。

ナンパを続ける人は過去の荷物を置けないで1人で困っている人みたいだ。

駅やデパートに言ってお持ちしましょうか⁇と聞かれるのを待っている。

と言うとナンパする人を否定してしまうようだけど、女だって多い。
自分の過去自慢をしたり、結婚しているのに出会い系感覚でSNSをしてモテてるとか勘違いしてる奴、彼氏付き合っているのに八方美人で違う男に告られたと自慢するやつ、飯だけ行くやつ、婚活パーティーに行って自分の賞味期限を確認する奴。

だから女はナンパに引っかかるし男もナンパする。
それも出会いの一種だから何も悪くないし愚かではない。

荷物を置ける可能性だってあるし





だから何も持ってない奴がモテる